今日のコラム

☆ 今日は2015年12月19日(土) 日本初飛行の日 ☆

☆ 1910(明治43)年のこの日、東京・代々木錬兵場(現在の代々木公園)で徳川好敏工兵大尉が日本初飛行に成功した。飛行時間は4分、最高高度は70m、飛行距離は3000mだった。

実際には5日前の14日に飛行に成功していたが、公式の飛行実施予定日ではなかったため「滑走の余勢で誤って離陸」と報告された。 ☆


☆ お早うございます、今日もお立ち寄りありがとうございます。 ☆


☆☆ 12月19日 松下幸之助 一日一話

寿命を知る

人間に寿命があるように、われわれの仕事にも、それがいつのことかわからないにしても、やはり一つの寿命があると言えるのではないかと思う。しかし、だからといって、努力してもつまらない、と放棄してしまうようでは、人間で言うところの天寿を全うせしめることはできない。これはいわば人間はやがて死ぬのだからと、不摂生、不養生の限りを尽すのと同じであろう。

それよりもむしろ、いっさいのものには寿命がある、と知った上で、寿命に達するその瞬間までは、お互いがそこに全精神を打ち込んでゆく。そういう姿から、大きな安心感というか、おおらかな人生が開けるのではないかと思う。 ☆☆

☆☆☆【コラム】 筆洗

2015年12月18日 東京新聞 TOKYO Web

四日市公害の語り部として知られる沢井余志郎さんは、小学校で公害の話をしたとき、子どもから、こう聞かれたという。「公害裁判で支援活動をしてきたとき、お金になりましたか」。「お金にはなりません」と答えたら、「お金にならないのに、なんで…」

▼なぜ半世紀もの間、公害患者のために力を尽くし続けたのか。沢井さんはおととい八十七歳で逝くまで、そんな質問を受け続けたが、胸の内には魯迅の至言があったという

▼「人々は忘れることができるから、受けた苦しみから次第に逃れられ、またそれゆえに、あいも変わらず先人の過ちを型どおりに繰り返すのです」(『魯迅の言葉』)

▼だから次世代のためにも、一人一人が自分の思いや行いを記録せよ-と魯迅は説いたが、沢井さんが記録したのは、公害で生活を壊された漁師たちの声だった。ひたすら耳を傾け、録音テープを文字にし、ガリ版刷りの文集にして配る

▼すると語り手が自分を客観視しはじめ、他人の声とのつながりを見つけ、「あきらめていたらいけないな」と思うようになる。沢井さんはそうやって人と人をつなぐことで、公害に立ち向かったのだ

▼沢井さんは自伝『ガリ切りの記』に「ありのままを記録する…別段大したことではない。誰にでもできることである」と書いた。謙虚な文の行間に「時代の記録者」としての矜持(きょうじ)をにじませて。 ☆☆☆


☆☆☆☆ 今日の雑記

今朝は晴れています。風もなく穏やかです、気温も低く寒いです。乾燥もしています。
一日良い天気みたいです。

昨日はイオンモールで 平安ふれあいコンサート!!《京都府警察音楽隊》を見てきました。

今朝も目覚ましていただき感謝です。

今日も皆様にとって良い一日でありますように、大切にして元気に過ごしましょう。☆☆☆☆