今日のコラム

☆ 10月22日 パラシュートの日
 1797(寛政9)年のこの日、フランス人アンドレ・ジャック・ガルネランがパリ公園の上空、高度900メートルの気球から飛び降りました。

お早うございます。今日もお立ち寄りありがとうございます。☆


10月22日 松下幸之助一日一話(松下幸之助.COM)

成功のコツ

 よい会社だと思って入った会社でも、一から十まで何もかもいいとは限りません。ときには欠点もあるでしょう。しかしそれをはじめから“こんな会社はあかん”と決めてかかるか、それとも“どうもこの点だけはよいとは思わないが、これは自分の問題として改善向上させていこう”という熱意をもって当たるかによって、対応の仕方が全く変わってくるでしょう。

 “よし、自分の会社をいまよりもっとよい会社にしてやるぞ”という意欲を持ち、すべてのことを前向きにとらえる姿勢を持つ人は、信頼もされ、頼もしい社員として嘱望されるでしょう。成功のコツはそのようなところにあると思うのです。


【コラム】筆洗

2014年10月21日 東京新聞TOKYOWeb

▼江戸の町火消しで、主力となったのは鳶(とび)の者たちだった。本来は建築業の鳶が火消しの担い手となったのは、その時代の消火方法と関係がある

▼当時は消火よりも延焼を防ぐため火元周辺の家屋を倒す「破壊消火」が中心。一刻も早く壊すため、家の構造を熟知した鳶の知恵と技術が必要になった

▼現場に駆けつけた火消しの頭は風の強さや方向を見て、どの辺りまでの家を壊していくかを判断し、指示を出す。乱暴に聞こえるかもしれないが、当時はこれが最も効果的な消火方法だった

▼同じ日に二人の閣僚がお辞めになった。前代未聞の大失態である。「黒い芝居見物」の小渕さんの方は辞任の見通しが濃厚になっていたが、「黒い団扇(うちわ)」の松島さんの同時辞任には驚いた

▼二人の他にも、野党が「不始末」を追及する閣僚がいる。辞任ドミノがささやかれる中、これ以上の「延焼」を防ぐため、松島さんの「家」も早めに破壊した。そんなところだろう

▼それでも、この火事は当分消えまい。世間はアベノミクスの「夢」から目が覚めつつあり、支持率も下がってきた。火の手は広がりやすい。そもそも「火元」は小渕さんではない。うっかり火を出したのは二人を選んだ首相である。消火どころか、半鐘の音は火元の遠い「じゃーん、じゃーん、じゃーん」から危険の迫る「擦り半」の「じゃじゃじゃじゃじゃ」に変わった。

☆ 今朝は曇り空です。時々小雨の降っています。今日も皆様にとって良い一日で有りますように。☆