今日のコラム

☆ 8月16日 五山送り火(ござんおくりび)

お早うございます。今日もお立ち寄りありがとうございます。☆


8月16日松下幸之助一日一話(松下幸之助.COM)

道徳は実利に結びつく

 社会全体の道徳意識が高まれば、まずお互いの精神生活が豊かになり、少なくとも人に迷惑をかけないようになります。それがさらに進んで互いの立場を尊重し合うようになれば、人間関係もよくなり、日常活動が非常にスムーズにいくようになるでしょう。

また自分の仕事に対しても誠心誠意これに当たるという態度が養われれば、仕事も能率的になり、自然により多くのものが生み出されるようになる。

つまり社会生活に物心両面の実利実益が生まれてくると言えるのではないでしょうか。そう考えるならば、私たちが道徳に従ってすべての活動を行なうということは、社会人としての大切な義務だということにもなると思います。


【コラム】筆洗

2014年8月15日東京新聞TOKYOWeb

▼デパートの玩具売り場で男の子が駄々をこねている。「買って、買って」と大声を上げる。最近の子どもは聞き分けがいいのか、親の方があっさり白旗を揚げるせいなのか、こういう場面も見なくなったものだ

▼しかし、この子も粘り強い。母親の「置いていくわよ」の声も聞かぬ。床に寝転び足をバタつかせる。母親には申し訳ないが、目撃した駄々は見事な出来だった。議論も理屈も通じない。ただ、「それがほしい」

▼「駄々」の語源は「いやだいやだ」という。評論家で、雑誌「暮しの手帖」の編集長だった花森安治さんが「僕らにとって八月十五日とは何であったか」の中で語っている。戦争反対は理論ではない。「子どもがオモチャ屋の前でワァーッといっている、ちょっとやそっとでは動かない」衝動、感情こそが実は大切なのではないか

▼理屈をいえば反論が出る。議論になる。そのうち面倒になり、サーベルの音でも聞こえてくれば「賛成、賛成になっちゃう」

▼感情論を笑う人もいるが、結局のところ、ひとりひとりが物分かり悪く、駄々をこね続けることが戦を遠ざけておく近道なのかもしれぬ

▼あの子もついには引きずられていった。駄々をこね続けるのも、大変である。戦を容認したい人は、叱る。叩(たた)く。なだめすかす。それでも、「いやだいやだ」の駄々を用意する季節が近い。いや、もう来ている。


☆ 今朝は、快晴です。少し蒸し暑いです。蝉しぐれが凄いです。昨日は奈良の大文字焼きが有りました。直前まで雨が降っていましたからどうなるかと思いましたが、時間なると。大文字がモヤの中に浮き上がって見えました。部屋から、小さくですが見えます。

今日も皆様にとって良い一日で有りますように ☆