今日のコラム

☆ 8月13日 月遅れ盆迎え火

お早うございます。今日もお立ち寄りありがとうございます。☆


8月13日 松下幸之助一日一話(松下幸之助.COM)

投資をしているか

 書物によると、太閤秀吉という人は馬の世話をする係になったとき、主人である織田信長が乗る馬を立派にするために自分のわずかな給料をさいて、にんじんを買って食べさせてやったということです。これは一つの誠意ある投資だと思うのです。

 そこで、みなさんは投資をしているかということです。そのように、いったんもらった給料を会社へまた献金する必要はありませんが、しかし自分の知恵で投資するか、あるいは時間で投資するか、なんらかの形で投資するという面が自分の成長のためにも必要だと私は思うのです。またそれくらいのことを考えてこそ、一人前の社員と言えるのではないでしょうか。


【コラム】筆洗

2014年8月12日東京新聞TOKYOWeb

▼「無舌居士」とは江戸落語中興の祖、三遊亭円朝の戒名である。一九〇〇(明治三十三)年に六十一歳で没している。十一日は円朝忌だった。東京・谷中の全生庵(ぜんしょうあん)では恒例の「円朝まつり」が三十一日まで開かれ、円朝が怪談創作の参考にした幽霊画の数々が一般公開されている

▼「無舌」。話芸には欠かせない舌をいらない、使わないとはなかなか理解しにくいが、幕臣円朝には禅の師匠でもある山岡鉄舟の教えに由来するのだという。舌で話すな。心で話せ。円朝は教えに従って「無舌」と号した

円朝が目指した「無舌」の境地を推し量ることはかなわぬが、心で話せとは、その人物の心になれ、ということであろう。こんな逸話が残っている

▼弟子が「品川心中」を演じた時のこと。心中の相談をする、「おそめ」と「貸本屋の金蔵」の演じ方を円朝が叱った。「死のうという男女が大声でスラスラ話の出来(でき)るものか、出来ないものか、考えたって分かりそうなものじゃないか。心なしで話すから少しも情というものが移らないのです」(永井啓夫三遊亭円朝』)

▼芸はともかく、世の中は無舌どころか、大声の時代かもしれぬ。「心なし」に大声を上げれば、ある程度の無理も通ると考える風潮がないか

▼昔から全生庵で座禅をする政治家もいらっしゃると聞くが、「無舌」の境地に至った方のことはあまり聞かぬ。


☆ 今日は暑くなります。水分を補給して熱中症対策して、ご先祖様をお迎えしましょう。

今日も皆様にとって良い一日で有りますように ☆