今日のコラム

☆ 8月12日 航空安全の日,茜雲忌

 お早うございます。今日もお立ち寄りありがとうございます。☆


8月12日 松下幸之助一日一話 (松下幸之助.COM)

笑顔の景品を

 最近は、競争がなかなか激しいこともあって、個々のお店なり商店街が、それぞれいろいろと工夫を凝らし、販売を進めています。いわゆる景品つき販売というものもその一つで、少しでも多くのお客さんの関心をひくものをということで、いろいろ知恵をしぼっています。

 しかし、お客さんにおつけする景品のうちで、何にもまして重要なものは何かということになったら、私はそれは親切な“笑顔”ではないかと思います。“自分のところは親切な笑顔のサービスに徹しよう”というように、いわば“徳をもって報いる”方策で臨んでこそ、お客さんに心から喜んでいただけるのではないでしょうか。


【社説】東京新聞TOKYOWeb

原爆忌に考える いつもの夏と違って 2014年8月6日

 今年の長崎平和宣言には、集団的自衛権への懸念が織り込まれます。日本と世界の未来がどうなるか。被爆地は、その体験から鋭く感じ取っています。

 広島平和記念公園の中心で、平和の灯が揺れています。

 かたわらに立つ「原爆の子の像」の周りには、色とりどりの折り鶴が絶えません。

 モデルのサダコは被爆から十年後に白血病を発症し、回復を願って小さな鶴を折りながら、短い生涯を終えました。

 毎年特に八月六日が近づくと、全国から無数の鶴が寄せられます。この夏はいつもの年より多いような気がします。

 大阪府吹田市にある保育園の保護者と職員の皆さんは「子どもたちに平和な世界を!」と題する寄せ書きを添えました。

 「核兵器いらない。集団的自衛権の行使も認めないぞ!!」

 手書きの文字の端々に、不安と不信、危機感がにじんでいます。

 母親たちはここへ来て、ただ平和を祈るだけではありません。子どもたちの未来を奪う戦争の過ちを、私たちが二度と繰り返させないと、サダコの前で誓いを新たにするのでしょう。
ナガサキで上がった声

 長崎市の田上富久市長は、九日の平和祈念式典で読み上げる長崎平和宣言で、集団的自衛権の行使容認に触れ、戦争につながるものとの懸念を表明します。

 長崎の平和宣言は、起草委員が集まって、議論しながら内容を詰め、一編の文章に編み上げる。

 委員は学識者、被爆者、関係団体の代表など十五人。今年は三回の会合が開かれました。

 昨年は、式典に列席した安倍首相の面前で、「被爆国の原点に返れ」と政府を批判しました。

 今年五月の一回目の会合で長崎市が示した文案には「集団的自衛権」の六字はありませんでした。

 政権を支持する議員が多くを占める市議会との関係が、市長を悩ませたと言われています。しかし委員の間から「避けては通れない」との声がこもごも上がり、市長は受け入れました。

 なぜ起草委は、そこにこだわったのか。

 「被爆地の権利と義務だから」と、田上市長の背中を押した委員の一人、元長崎大学学長の土山秀夫さん(89)は、語ります。

 土山さんは七人きょうだいの末っ子です。大戦中は爆心地に近い長兄の自宅から、長崎医科大学(現長崎大学)に通っていた。

 母親が佐賀県の親類宅で病気療養中だった。一九四五年八月七日、「ハハキトク」の電報が舞い込んだ。ところが鉄道の切符が取れず、九日朝七時の汽車にようやく乗り込んだ。原爆投下は午前十一時二分。間一髪でした。

 母親は持ち直し、長崎へ取って返した。二つ前の道ノ尾駅で電車が止まり、原子野に一週間とどまって、救護活動に従事した。地獄絵の中にいた。

 家は吹き飛ばされていた。当時としては珍しく、兄嫁がピアノを持っていた。がれきの中から熱線で焼けたピアノ線が見つかった。近くから黒焦げになった長兄の遺体を掘り出した。

 幼い子ども二人を含む家族四人を失った。

 当時の政府がもう少し早く降伏を決断していれば、そもそも戦争など始めなければ、原爆は落ちていない。広島と長崎は愚かな政治の犠牲になった。だから今、政権にもの申す権利がある。

 自衛の名目で始めた戦争が最後にどこへ行き着くか、世界中でヒロシマナガサキだけが、知りすぎるほど知っている。今の為政者たちに足りない、圧倒的な経験知を持っている。だから、訴える義務もあるのだと-。
◆体験という重いもの

 平和とは空気のようなものなのでしょう。誰かに無理やり鼻と口をふさがれて、抵抗して解放されて、胸いっぱいに息を吸い込むことができて初めて、本当の価値が、わかるものかもしれません。

 広島の平和宣言も、松井一実市長が就任した三年前から、公募した体験談を詳しく織り込むようになりました。体験の重さを全国の若い世代に強く訴えたいと。

 大切な空気がよどみ始めているのを、母親たちも感じています。

 重い真実の歴史を背負う被爆地が世界に向けて贈る言葉に、この夏は、いつにも増して、じっと耳を傾けます。


☆ 今朝は雨の朝です。今日も皆様にとって良い一日で有りますように ☆