今日のコラム

☆ 5月20日(火)成田空港開港記念日
お早うございます、今日もお立ち寄り有難う御座います ☆


5月20日松下幸之助一日一話(松下幸之助.COM)

公平な態度

 国における法律の適用には万が一にも不公平があってはならないが、会社や団体における規律や規則についても、これまた同じことが言える。会社の規則というものは、一新入社員であろうと社長であろうと等しくこれを守り、それに反したときは等しく罰せられるということで、はじめて社内の秩序も保たれ、士気も上がるのである。

 だから、指導者は常に公平ということを考えなくてはならない。利害とか得失、相手の地位、強弱にかかわりなく、何が正しいかというところから、公平に賞すべきものは賞し、罰すべきものは罰するという姿勢を遵守しなければならないと思う。


【コラム】筆洗

2014年5月19日東京新聞TOKYOWeb
 
▼<咄家(はなしか)は世間のあらで飯を食い>。魚の「あら」。失敗、間違い、余計なものの意で、世の中の愚かなこと、とんまな振る舞いを材料に人間を語るのが落語家の商売である

▼近頃、「あら」を求めているのは咄家だけではない。世間全体で「あら」を探している。落語が「世間のあら」で人間のおかしみや哀(かな)しさを伝えるのとはわけが違う。とことん、とっちめるためである

▼「美味(おい)しんぼ」への批判が強い。休載という。鼻血の原因が被ばくとは一方的で不穏当な表現だったか。風評被害が拡大するというのであれば地元には気の毒なことで作品には、「あら」があったということか

▼怖いのは、この種の「あら」への過剰な反応である。「ばかだねえ」「おれはそう思わない」でおしまいにならぬ空気である

▼「風立ちぬ」の喫煙場面が気に入らない。ドラマでの児童施設の描き方が許せぬ。鼻血の科学的知見がない。批判は理解できるし、頭から否定するものではないが、「あら」に血眼になる世間はやはり窮屈すぎないか

▼作品表現などへの不寛容さ。ネットの群衆による加減を知らない批判。その「潔癖さ」にたじろいでしまう。衝動的、興奮しやすい、大げさ、単純、極端-。フランスの社会心理学者ル・ボンが群衆の性質をそう指摘しているが、今の世間にも一部当てはまる。「あら」の妙味は群衆には伝わらない。
 
【私説・論説室から】東京新聞TOKYOWeb

不安が隔離されていく

2014年5月19日

 人気漫画「美味しんぼ」の福島第一原発事故を題材にした表現が波紋を広げる中、一本の電話がかかってきた。事故の直後に取材した双葉町民の男性(50)だった。

 男性は事故後、「フクイチ」を取材した作品の主人公のように鼻血が出た。原発から四キロにある双葉町の家は放射線量が高い。現在暮らしている南相馬市から帰宅するたびに体調を崩してしまう。

 この間には心筋梗塞も患った。放射能の影響ではないかと不安でたまらないのに、国や県は「安全」を繰り返す。事故で出た放射線による健康被害は「確認されていない」、鼻血が出たという相次ぐ訴えにも「被ばくと因果関係はない」と言い切る。

 「原発推進が国策では、何を言っても無駄だ」。怒りが萎(な)えていたところに漫画の騒動が起きた。科学的根拠がないなどと、作品に対する批判は過剰とさえ思え、怖くなった。被災者の不安は封じこめられるのではないか。それが電話の訴えだった。

 人々は被ばくの不安を抱える一方で、大丈夫だとも信じたい。そんな行き場のない思いをどこにやればいいのか。

 男性は記者の私に伝えたかった。表現に配慮がないと憤るよりも、口にできなかった不安が描かれていることに共感が勝った双葉町民がいることを。被ばくへの不安をタブーとしたり、隔離してはならない。 (佐藤直子
 

☆ 今日も皆さまにとって良い一日でありますように ☆