今日のコラム


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1月10日松下幸之助一日一話松下幸之助.COM)

社会にやらせてもらう

 お互いの仕事なり職業というのは、それぞれに自分の意志で選び、自分の力でやっているようではあるが、本来は社会がそれを必要としているからこそ成り立つものである。つまり、自分がやっているのではなく、社会にやらせてもらっているのだということが言えると思う。床屋の仕事でも、髪をキチンとしたいという人びとの要望があって、はじめてそれが必要とされるのである。このことは、どんな仕事についても同じである。

 そういうことを考えてみると、そういう仕事を世間からやらせてもらえるのは、ほんとうにありがたいことだという感謝の念も生じてくると思うのである。

【コラム】筆洗

2014年1月9日東京新聞TOKYOWeb
 
松の内も過ぎ、日常が帰ってきた。<人の顔ふたゝび寒く松過ぎぬ>井沢正江。また一年かと思うと、どうも気が重い

東京五輪マラソンの銅メダリスト円谷幸吉さんがその人生に終止符を打ったのはメキシコ五輪の年の一九六八年一月九日だった。松の内を過ぎるのを待ったかのようである

▼六四年三月の中日マラソン。レース中、ジュースの容器をごみ箱にわざわざ捨てに行ったという。投げ捨てればいいのに真面目な人だったのだろう。死を選んだのは、期待への重圧だったのか。福島県須賀川の円谷メモリアルホール。「忍耐」という石碑の文字が、悲しい。苦しい

▼「父上様母上様 三日とろゝ美味(おい)しうございました。干し柿、もちも美味しうございました」「幸吉はもうすっかり疲れ切ってしまって走れません」。戦後最も有名な遺書の大部分は両親や親類へのお礼の言葉で占められている。川端康成は「千万言もつくせぬ哀切」と評した。沢木耕太郎さんは「微塵(みじん)も自己主張が透けてこない」と書いた

▼ソチ冬季五輪まで一カ月を切った。期待も高まるが、選手たちは国や国民のためと思い詰めることはないだろう

▼「あんたらの人生とは違う。自分のやるべきことをやる。しくじったら、ごめんなさいだ」。ローリング・ストーンズキース・リチャーズさんの自伝の中に見つけた。少し気が楽になりませんか?

☆ 今日は十日えびすの日(1月10日の十日戎はなぜか関西が中心。西日本の方にもあるらしいが関東にはないとの事。)今日も寒いですが、皆様にとって良い一日でありますように ☆