今日のコラム


☆ 新年明けましておめでとうございます 本年もよろしくお願いします ☆

1月2日松下幸之助一日一話(松下幸之助.COM)

信念は偉大なことを成し遂げる

私は、弘法大師の開かれた高野山にのぼって、非常に教えられたことがあります。いまでこそ自動車道路も電車もケーブルもできていて、便利といえば便利ですが、お山を開かれた千百数十年前に、あれだけへんぴなところを開拓し、そこに道場をたてるという弘法大師のご執念というか、信念というものは、想像もできないほど強いものがあったと思うのです。われわれはなかなか弘法大師さんの境地にふれることはできません。けれども、私はそのとき、やはり人の心、一念、信念というものは偉大なことを成し遂げるものだということを痛切に感じて、私も自分の分に応じた一念、信念を持たなければいけないなと感じたのです。

【コラム】筆洗

2014年1月1日東京新聞TOKYOWeb
 
▼御慶(ぎょけい)。元日はおめでたい言葉で始めたい。落語の「御慶」が正月の一席として好まれるのは八五郎が富くじを当てる縁起の良さもあるが、それを知った仲間の誰もが八五郎を祝福する優しさではないか

▼大金を手にした八五郎は年始回りに歩きたいという。「御慶」とは大家が教えた、最も短い正月の祝詞である。元日の朝、「御慶」「御慶」と騒ぐ八五郎に、周囲は実に温かい。「大層立派になったじゃないか。良かったじゃないか。おめでとう」「見違えたよ」。ねたみも、そねみもない。青空が広がる

▼お気づきだろうが「筆洗」は宿替えとなった。これも「御慶」だ。恰幅(かっぷく)が出たし、見場もいい。半面寂しさもある

▼「筆洗」は終戦の一九四五年十月に始まった。一面の下。裏長屋の雰囲気もあったあの場所で歴代の執筆者が頭をひねって日本の「その日」を書いた

▼楽屋話になるが、書けないと、朝からお酒をあおっていた人もいる。原稿に苦しんで、なんのまじないか、神社の大木を爪で引っかいていた人もいると聞く。長屋での苦労の日々を考える

▼宿替えでも書く内容は変わらぬ。喜びには良かったねえと声をかける。嫌なことは、やはりイヤダと書くしかない。悲しい肩や寂しい背中には優しく腕を回したい。<手を取って 引き上げていく 山登り> 古今亭志ん生。今年もどうぞお引き立てのほどを。


☆ 昨年はありがとうございました。皆様にとって今年も良い1年でありますように。
今日も、お立ち寄りありがとうございました。☆