今日のコラム


11月14日松下幸之助一日一話(松下幸之助.COM)

自分を戒めるために

 松下電器では、昭和八年に“遵奉すべき五大精神”を定め発表して以来、毎日の朝会で唱和している(十二年に二精神を加え七精神)。これはもちろん、社員としての心がまえを説いたものであるが、それと同時に私自身を鞭撻するためのものである。みんなで確認しあった使命であっても、何もなければついつい忘れていきがちになる。だから毎日の仕事のスタート時にかみしめる。言ってみれば自分への戒めである。

 人間は頼りないものである。いかに強い決意をしても、時間がたてばやがてそれが弱まってくる。だからそれを防ぐためには、常に自分自身に言い聞かせる。自分に対する説得、戒めを続けなければならない。
筆洗

2013年11月13日(東京新聞TOKYOWeb)

▼その人はいかなる人物か。とっかかりをつかみたい。どんな映画が好きかを尋ねるのは一つの手である。どんな価値を大切にしているかが、ぼんやりと見えてくることがある

▼正直に答えない場合もある。こんな経験がある。その政治家は「ディズニーのバンビ」と語った。この人は有能な政策通だったが、半面、どうも人情味に欠けるという定評もあった。「バンビ」で人間味や「かわいい自分」を演出する計算が見えた。そういう人なのだろう

▼米映画「ショーシャンクの空に」を挙げた政治家がいた。こっちは本心かもしれない。いい作品だが、評判を気にする政治家が犯罪者や脱獄を扱った映画を「自分の一本」に挙げることは大げさではなく勇気がいる

▼ショーシャンクは刑務所の名。主人公は無実の罪で服役している。看守や囚人の暴力、所長の不正、途方もない刑期-。そこには絶望しかない。それでも主人公は希望を捨てない。主人公の友人は忠告する。「希望は危険だ。希望は人を狂わせる」

▼筋は明かさないが、主人公のこんなせりふが最後に用意されている。「希望はいい。たぶん最も素晴らしい。最も素晴らしいものは死なないんだよ」

▼この映画を選んだから信用できるとはいえない。ただ希望の物語に胸がときめく人ではある。その政治家は十二日、原発ゼロを訴えた小泉純一郎元首相なのだが。


【社説】(東京新聞TOKYOWeb)

違法自転車逮捕 走る凶器とわきまえよ

2013年11月13日
 

 ブレーキのない自転車で公道走行を繰り返していたとして運転者が逮捕された。自転車は気軽で便利な乗り物だが、走行は危険と隣り合わせだ。安全意識が欠落していれば走る凶器となる。

 警視庁は、違反を繰り返し度重なる出頭要請にも従わなかった点を悪質と判断、運転者の男(31)を道路交通法違反容疑で逮捕した。

 男は昨年六月、東京都内の車道を後輪にブレーキのない競技用自転車で走行していたという。

 道交法は前後輪にブレーキの装着を義務付けている。男は「足でブレーキをかければ止まると思った。逮捕されるとは思わなかった」と話している。止まる装置がないのでは安全上、問題がある。自転車の危険性を考えていなかったのではないか。

 警察庁によると、昨年の自転車関連の事故件数は約十三万二千件で二〇〇五年から減少傾向ではある。だが、交通事故全体に占める割合は約二割あり増加傾向だ。

 自転車乗車中の事故で死傷者の64%になんらかの違反があった。

 危険運転は本人が事故でけがを負うだけではない。加害者になる可能性があることを知るべきだ。

 自転車運転者の事故責任を重くみて、検察が起訴するケースが目立つ。今年七月には、信号無視して衝突したバイクの男性を死亡させたとして自転車の少年が有罪判決を受けている。

 高額賠償を認める判決もでている。神戸市内の坂を自転車で下っていた小学五年の男子児童が、散歩中の女性に衝突、女性は寝たきりになった。神戸地裁は七月、児童の母親に計約九千五百万円を支払うよう命じた。高額な賠償を認める判決はほかにもある。

 自転車でも信号無視、夜間の無灯火、飲酒は違反になる。走行は原則車道の左側と決められている。歩道では歩行者が優先される。なぜなら自転車は「車両」であり、こうした運転は危険だからだ。

 安全意識は不可欠だが、小学校などで行われている安全教育は十分とはいえない。事故に遭わないためだけでなく、危険な運転をすれば加害者にもなるとの視点も要る。

 大人がルールを学ぶ機会はもっと少ない。道交法改正で悪質自転車の講習義務化は決まったが、広くルールを学ぶ場がほしい。

 歩道と車道から分離して安全に走行できる自転車レーンの整備も引き続き進めるべきだ。

 安全に利用できてこそ自転車の利便性が生きる。